この世界でどう働く?

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花灯 明里(かとうあかり)です。ブログにお越しいただいてありがとうございます♪

しょせん、この世界はすべて“わたし”の世界なので
(※“わたし”=中の人[こころの深いところ。ハイアーセルフや魂、潜在意識など]+着ぐるみの自分[表層意識。この世界のプレイヤー])

時間や労力などを“自分のため”に使おうが“他人のため”に使おうが、すべて“私のため”ってことかいな?と

職場でもくもくと作業をしていて、ふと浮かびました。

お金というエネルギーを得るために、私の時間をお仕事としてほかのもの(企業)のために使っているということを、いつもネガティブに考えていたけれど、なんだか大きく物事を見てみると、そんなふうにも考えられるのかなぁって。

だけど、そこで大切なのは。“わたし”の中に着ぐるみの私も含まれていて、私がこの世界でのプレイヤーですから当然労働しているのはこの私。

だから、この私はその労働に対してどのように感じているか。それはこころだけでなく、からだもそうです。

負担感が強かったり、犠牲になっているように感じたなら、それはそのままで良いわけはありません。

まずは直球で「本当にこの仕事でいいのか?」と向き合ってしまったほうが、後々のためにはなります。

私はずっとそれをせずに引き延ばしていたので、間違いではないのだけど(人生に間違いはないし、中の人が決めるタイミングもあるのだけど)若干、自分で心身をボロボロにしていた傾向があったと感じているので。

それから、仕事に対する考え方を変えるというのもありますね。

今の仕事は正直しんどいけれど、やればやるほど修業の場として最適だよなと思わざるを得ないので、いつでもフィードアウトするという気楽な想いを抱えながら、あえてチャレンジしています。

今までは仕事様(爆)が主で私がまさしくシモベって感じで、こんな私がありがたくも働かせていただいています!というスタンスだったのですが

今はお給料は労働力の提供に対する対価ですからね的な。だけどそれ以外に、ひと対ひとという関係を広げられるのは本当に感謝しています。

えっと正しくは、会社に感謝しているのはなくて、こんな世界を創り出してくれている中の人に感謝しています(笑)

アラフィフになっても、まだ新たな視点を持てるというのは、やはり社会という大きな世界に出たからこそ。

苦労の中からも楽しさの中からも見出せるのです。あらゆるバラエティの中から発見できるのは、これまた視点もバラエティに富んで、いろいろな意味での豊かさが得られます。

それを、無理やり意味づけするのでなく、自然と実感できる。だから今の状況は修業の場と思えます。

これが犠牲と負担に満ち満ちた状態からの無理くりな思考変換となると、話は別ですからね。

中の人が創り出した世界は、あなたをどのような感情に導いて、あなたをどう動かしたいのか。

そこに想いをはせるのが“己と向き合う”ことになるのでしょう。