【トラウマモンスター襲来中】就活が怖いのは

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花灯 明里(かとうあかり)です。ブログにお越しいただいてありがとうございます♪

就活をしていて、何が怖いんだろうと考え。それはやはり私の内面の問題なのかなと思ったり。

どこか人並みでないという意識が強いのかなぁと。それはつまり、優れていないという意味ではなくて、誰でもできること、普通に社会人ならばできるんじゃないかな?って思える、ほんのささいなことができないという不安が大きいのです。

器用貧乏なところがあるので、仕事自体はよっぽどの専門分野でなければ何とかこなすことができるという気持ちはあるのです。ただ、働くって、社会に出るのって、それだけではないでしょう?

人と人とのコミュニケーションというのかしら。そういう部分の能力が私にはちょっと欠けているような気がいつもしているのだと気づきました。欠けているというのもまたちょっと違うのかな…苦手というべきか。

今さらながらに人見知りというか、内気というのか。そこをうまくごまかしてしまうことは、今ではすっかりできてしまうのだけど。

そう、実は社会人として生きてきて、そういう部分の苦手さはいつもまわりの人が助けてくれていました。「あかりはああだから」と理解してくれる同期たちや後輩たちが、自然と私を守って助けてくれていました。

甘えていたつもりはないけれど、やっぱり甘えていたのかもしれません。そんな人々が退職や異動などで離れていくごとに、私はどんどん孤独になって、どうやって社会人として立ち振る舞えばいいのかわからなくなっていったのだと今はわかります。

今でも、どういうのが『正しい社会人としての立ち振る舞い』なのかわかりません。今までの私でも正解だったかもしれてないし、んー、でもやはりまわりの方々の温かなまなざしと理解のおかげで、ここまで来れたのではないかという気持ちのほうが強いかな。

セラピストとしてのお仕事は、素の私、こんな想いを抱えている私とはまったく違うところでおこなわれます。

セラピーが始まってしまえばひたすらお客様とお客様の中の人とのつなぎに徹してしまって、素の私の意識はセラピストの私の後ろに引っ込むのでね。

正直、何の支障もないです。始まる前後はドキドキするけれどね。だから、ひとが変わったようになると言われるのもわかるような気がします(笑)。

それと。前の記事にも載せましたけど、不採用となると自分を否定されたような気持ちになるのが怖いというのもあるかな。

それって、もしかして実は私ってばプライド高いんですか!みたいな部分にもつながりますが。

就活というのは私とお相手の会社さんとのマッチングの問題であって、別に私の人格否定ではないはずなのに。

でも、そういうところにHSP(超敏感気質)のデメリットが絡んでくるというか、大げさに感じてしまいがちになるという。普通なら1と感じるところを10だったり100だったりと不要に敏感に感じすぎる、考えすぎるというのはあります。

気質、なのでね。頭で理解していてもこころはそうは受け取らない、そういったことも多分にあります。

この頃は、前向きにポジティブに受け取ったり考えを変えたりするという方法をとらずに、不安は不安としてそのまま受けとめるようにしています。不安を不安でないと考えるほうが何だかしんどさが倍増するのです。

不安である私をまるごとOKとする。神経質になっている私をまるごと『それでいいや』と受け入れる。

エッセンス使っていてもポジティブシンキングにならないんだから、ま、この状態でいいんだろうと(笑)。というか、ここまで考えられるようになったのがエッセンスのおかげともいえるのか(^▽^;)

それからね。どうしても今までの思い込みから抜けにくいというのもあります。

『成功は苦しみ抜いた末に勝ち取らねばならない』みたいな。うん、かなり昭和チックではありますが。

簡単に成功してはいけない、幸せになってはいけないという…なんでだろうね? どこでそんな考えが埋め込まれたんだろう?

今までを振り返っても、そんな成功の仕方はしていないのに。むしろ成功するとき、うまくいくときって、ホントにスムーズです。え、こんなんでいいの?ってくらいあっという間に達する。

それ以前に失敗はたくさんあるので、その期間まで含めると確かに失敗が成功につなげたともいえるけど、でも…。

経験としてはもちろん活かせているけれど、過程としてはまったく別の話だったりするのですよね。ふぅ~。